作品名シンクロ
元ネタオリジナル
公開日20170226
公開場所なし
頒布イベントサンシャインクリエイション2017Winter
掲載誌文楽(2017春)

§

十、いや、七だったかな

彼は、だれかから聞いたという話を、してくれた。

数えちゃいけないんだとさ

そんなのいちいち数えない。答えると彼は笑った。
「ま、そうだけどな。でも深夜残業帰りに『青色の反撃』でも、エンジン音にかき消されそうなヴォリュームでかけながら、何だか厭世的な気分に浸っている夜に、ちょいとそこの角を左折しようとして覗き込んでいるボンネット越しにその光景があったとしたら、どうだ?」
こんな具合に彼は幾らか過分に大仰な物言いの人だった。

同期し過ぎると、いけないんだ。何事も。人同士も。

今ここにいる二人はどうなの、と聞くと彼は視線を前方から少しも動かさないまま、はぐらかすようにエンジンの回転数を少し上げる。そのだんまりの意味だって、聞けなかった。あれから確かに車を買ったが、車を買ったことに彼がいなくなったことは関りがない。彼は車が好きで、免許を取ったと思ったらさっさと車を買って、一人で(二人のこともあったが)乗り回し、そして事故で死んだ。……勝手に死にやがって。だから彼の喪失は車の購入の動機ではない。彼が生きていたのなら、そうであったかもしれないが。彼とはどうしても「同期」することが出来なかった。似たようなタイミングで同じところに同じ感じを持つことは多くて、だからきっとずっとそばにいてもいい相手なんだと思っていたけど、だからといって常に一緒ではない、頻繁に訪れる一致が、それ以外の非同期な時間浮き彫りにしていた。それでも、彼と一緒にいたかった。 今夜のナンバーは、「氷の世界」。

§

入った脇道は、細い路地だが初めての道ではない前の車は全て左折のウィンカーを上げている。今自分がいる車線と直交する道の信号の方が長いからか、待ち時間が長い。目の前に左折待ちのウィンカー。ふと、彼の怪談話が頭をよぎった。

五台以上並んでいるとき、特に数えちゃいけない。

ああ、いちいち出てくるな、分かっている。五台以上並んでいるときに、同期が七秒。憶えているよ。

§

それってよくある、見るなとか振返るなとか喋るなとかの類でしょう?そう言う陳腐な類型を提示してやると、彼は面白がって話を広げてきた。

勿論そうだ。でもこの話には面白い続きがあって、現代都市伝説的な蛇足が加えられている。そりゃあそうしてダメだと言われれば、酒の一滴だって入っていない口髭を整えているようなタイプの生真面目な紳士でも、一人の夜にボンネットを叩く雨の音に気を病んでいれば数えてしまうかもしれないからね。この話が興味深いというのは、つまりこういう後付けをされているからだ。もし七つ数え切ってしまったらゆっくり目を瞑って十三数えてから目を開けろと、こう言うんだ。怪談話としてこんなに興の冷める追加要素はない。でも、ネット上の目の肥えたオカルト好き達の間で残っている話だ、逆に真実味を疑ってもいいだろう?

心底、どうでもよかった。法制上、ウィンカーの点滅間隔は一分間に六〇~一二〇回、つまり秒間一、二回という酷く雑把な決まりしかない。秒間で一~二という幅が許されている故に、仮に点滅のタイミングが近寄ることがあったとしても、その接近が七秒も継続することはありえない。だというのに。

§

ぼっけとウィンカーの点滅間隔を眺めている。 ちか…ちか…ちかちかちか…ちか 車によってその点滅間隔が違う。並んだ五つの光を俯瞰していると、その光のタイミングはぐちゃぐちゃだ。二つだけ、或いは三つだけ、たまには四つや五つが偶然に同じタイミングで点灯することはあるが、それは次の瞬間すぐ崩れ、一つが一緒にいるのをやめ、二つが一緒にいるのをやめ、またばらばらに分離。 ちか……ちかちか…ちかちか…ちか ばらばら足並みの揃わないのを眺めていると、一個だけ仲間はずれ、二個だけ仲間はずれ、みんな一緒になった、など何だか妙に意識を持っていかれる。夜の渋滞待ちではよくあることだ。ずらりと並んだ光の列が、一度に同時に点滅するタイミングを見れたなら、なんだか得をした気分になる。 ちかちか…ちか……ちか…ちか…ちかちか でもその一致が七秒も続くなんて、あり得ない。独立し接点を持たない、それぞれ別の周期を持つ二つ以上の振動が同期するというオカルトは、常に一定の人気を博すテーマだ。同時に、特定環境下ではそれを証明することも可能で、その仕組みは立派な科学である。量子テレポーテーションから、同棲中の女子二人の生理周期が寄ってくるというものまで、題材としては大小貴賤種々様々。仮に複数の振動が意思を持ったように徐々に一致に向かう現象があるならば、もっと大きな存在がそれらを包括しているということに他ならない。全て同じBPMを設定した上で別々のタイミングで振動開始された数十個の機械式メトロノームが、何故か徐々に動きを寄せていき最後には全てが全く同じ振動へ向かう現象は、実は全てのメトロノームが巨大な振り子の上に設置されているという仕掛けがある。それと同じことだ。 ちかちか…ちか…ちか…ちか 事実、人間は全て地球の自転の上に乗っかっていて、地球は太陽系の公転の中に納まっていて、太陽系は宇宙の中に捕えられていて、そして宇宙も何か巨大な法則の中で生きている。何かと何かが、全く常識はずれなところで同期したとして、本当はそこには何らかの仕掛けがあるのだとしても、不思議はないのかもしれない。ただ、人智を超えているというだけで。 ちか…ちか……ちか…ちか…ちか それが歴史に現れず観測されたこともないレアケースだとしたら、その瞬間、この世界にはいったい何が起こっているのだろうか。宇宙に潜んだバグ、想定外の状態遷移で、複雑緻密に織り上げられて成立している世界に、一つの計算式も与えず定数でべったりと上塗りしてしまっている邪悪なコードがあったとしたら、別々の周期で振動するはずの方程式に与えられた変数が何故か双方とも同じ定数で与えられたら。それが目の前で観測されてしまったら。 ちか…ちか…ちか…ちか…ちか 3、4……あれ? 何故かカウントが進んでいた。 進んでいた。 意識していなかった。 目の前の五つのウィンカーが、全く同じタイミングで点滅している。 もう、4まで進んでいた。

§

そうして七つ数え終わってしまったら、目を閉じて十三数えるんだ。こっちの方が重要でね、七つに出会ってしまったものは仕方が無い、でも十三でちゃんと仕舞わなければ

どうなるっていうのさ。
「わからない。わからないっていうのは、それを体験した人がどうなったかを語り得ない状態になっているってことだよ。何もなければ『何もない』だし、死んでしまったのなら『死んでしまった』だ。でも、どうなったのかわからないのは『どうなったのかわからない』ってことだよ」
数えてはいけない。当然、まじめに信じているわけではないのだ、わざわざその怪談話と正面切って対決しようなんて思っているわけでもない。挑戦に勝ったとして何も得るものはなく、カウントしている意識のほんの片隅の小部屋の鍵をこじ開けて別のものを流し込めばいい。だが、確かに、今目の前で並ぶウィンカーは、全く同じタイミングで点滅を繰り返していた。記憶を辿って「さっき」が「いま」と正しく接続されているというのなら、さっきはあんなにもバラバラに点滅していたはずのウィンカー、一瞬だけ同時に点灯してもすぐに離れていったはずなのに、何度点灯しても、同じタイミング。次も。次も。また次も同じリズム。ありえない。 ……5 次も。また次も同じ。ありえないはずなのに、それが起こっている。これは、マズいんじゃ……?数えるのをやめないと、やめないといけないのに。部屋の鍵が開かない。マスターキーは自分で管理しているはずなのに、今はそれが拒否される。シリンダは空回りし摩擦なく鍵が抜け去る。対照的に扉はぴったりと閉じたまま空気さえ入り込めないほどに締め切られていた。この部屋を開けて中でカウントを進める自分を引きずり出さないと、いけないのに。 ……6 ……意識が引き延ばされている。そんな気がした。一秒は一秒ではない?ウィンカーの光列から目を離せない。離すのが怖い。目が動かないのではなく、並んだ光の群れが視線をがっちりと掴んでいるみたいに焦点が固定されている。金縛り?それとも違う。意識だけが固定されて、時間間隔がうすくうすくひろくながく引き伸ばされている。自我が薄まっていく。ウィンカーの点滅だけが、この世界ぜんぶの鼓動みたいで、それ以外すべては、停止に向かって凍り付き始めている。体が熱くなっているのは、周囲の温度が下がっているからだろうか。自分の体だけは、まるで置き去りにされているみたい。思考を必死にぐるぐるぐる回しし自分は凍り付き始めている?あつい。あつい、あつい。もえるようにあつい。この扉を、こじ開けてでも中の化け物を引きずり出してカウントを止めないと、いけないのに、意識は指を折るのをやめない。部屋の中からだんだん早くなる秒針の音。凍り付く世界と逆に、部屋の中の化け物が火を焚いて坩堝をぐらぐら煮立てている。 ……7。

§

進入してはいけないプロセスに分岐する、そのバグを目の前で観測してしまったのだ。観測されたということは実行されインスタンス化され、具現されたということだ。それは、もう、出現してしまった。ぎゅっと目を閉じた。カウントを止められなかったが、仕方が無い、ならばあと十三秒耐えるだけだ。今、目を閉じた瞼の外には、決して出現してはいけない禁忌の何かが現れているに違いない。同期するはずのない五つの光が七つ数える間同時に瞬いて、きっと、よからぬものが。それを見てしまったらきっと「最後」になる。もう、「十三秒」は十三秒ではないのだろう。体が熱くなっていく、このまま耐えられるかどうかわからないが、きっとその間にこの世の致命的なバグが改修されるのだ、何か巨大な存在が修復を……。

§

突然、それまで開く気配のなかった扉が、すうっと開いた。中に響く、聞く者を心底から急かし上げる秒針刻み音。まるで内圧が高かったように、音と共に溢れ出てきたのは熱された空気だった。カウントを止められなかったのだ、むしろ今はカウントを進めるしかない。中で指折りながら終末時計を調律する誰かの姿なんて、どうでもよかったのだが。乾いた熱い空気に満たされた正方形の部屋に、彼がいた。

同期してはいけないものが揃ってしまった。君のせいじゃない。君はただ偶然、不幸にも居合わせてしまっただけだ。バグは致命的な誤動作へと拡大した。でも、目を閉じている間に、すべてうまくいくさ。僕のと合わせれば、障害箇所の特定ができると彼は言っていた。でも、今目を開いて観測してしては、台無しさ。完全変態の虫の幼虫が成虫に変わる前に、さなぎの中で一度どろどろのタンパク質スープに変わるときの様に、やり直しているんだ。さなぎの体は内部で完全に溶け合っているわけじゃない。必要なものは幼虫の頃から引き継がれて再利用される。それ以外の不要で作り変える必要がある部分については、まったくどろどろだけれどね。……つまり君は

知ったことじゃない、ただ元通りになればいい。この妙に熱い空気も、凍り始めた時間も、周期が狂って一致してしまった振動も、元に戻るなら、背景なんてどうだっていい、さっさとこの十三カウントを終わって!

戻る?君が見たバグは、直さなきゃいけないんだ。そうしたら、前と同じ形に戻るなんてはず、無いだろう?君が元いた世界の方が、間違っているんだ、ただ、気付かないでいただけで。大丈夫、目を閉じている間にすべてうまくいくさ。次に目を開いたらもっと完全になっているよ。だから見てはいけない。

見るなと言われたら見たくなる人情、なんてものではない。目を閉じている間、自分で知覚出来るのは自分自身の体の感覚の極一部だけだ。外界は一切作り替わっているのかもしれないし、自分の体だって感じない部分が変形しているのかもしれない。見えていない部分は、見えていないとき、全て、見ている通りのままとは限らないという、陳腐な怪談。でも、目の前で同期してしまったテイルウィンカーをどう説明する。意識の片隅で時間を延長されたように終末時計の調律死霊と会話しているこの意識は、正常なものなのか?

こわくないよ

こわい。見ていない間に、一体何が起こっているのか。「一秒」が一秒でなくなった外側で、だれが、なにを、どうしているのか、どうなっているのか。何か音がする。聞いたことのない音だ、完全に感じたことのない音、知らない音、今までの人生で見たことのない音、記憶の中に類型しうる発音源がまったく存在しない音。瞼の向こうで、そんな正体不明の音が、遥か遠くに響き、次の瞬間耳元で囁く。自分の周囲を周回して、足元から頭の上へ。遠巻きになったと思うと顔の真ん前に感じる。右腕に触るように、つま先から上って太腿、おなか。また離れる。そんな音が一つではない、集会場の人の声身じろぎ衣擦れ足音のように無数に散らばりまた密集する。

こわくないよ

自分の周りに、数え消えない何かがいるか、数え切れない何かが起こっている。これをこわいと言わずして、何と言う。平気なものか。もしかしたら再構築なんて嘘で、ただ自分をどうにかするための注射針が向けられているのかもしれない。

みてはだめだ

無理だ!この不安感を説明するのに「後ろから刺されるかも知れない」なんて陳腐な想像しかできないけど、今自分の周りで何が起こっているのかわからないというのは、未知とは、こんなにも恐ろしい!

みてはだめだ

彼の言った再利用できる器官とやらが何もなかったらどうなってしまう。目を開いたらグロテスクな妖精さんが一切を不都合な形に作り変えているかもしれない。いや、自分だって不要な器官として……。平気でいられるものか。こわい。認識したい。知りたい。どうなっているのか。状態を、確定させたい。

みてはだめだ

思考を継続できている自分の意識だけがこうして確固たる状態で保たれているのは、それは「なにかわからないおおきなもの」にとって本当に好ましい状態なのか?「この意識」も邪魔と考えているのなら、自分が目をつむって外界を遮断している暇なんかないのではないか?目を開き状態を確定し世界を知り敵を察して逃げて命を守るべきなんじゃないのか?

§

開いてしまった、瞼を。響いていた音は、目を開いても不明のままだった。熱い空気も、不明のままだった。目を開いた瞬間に、それは消えてしまったから。彼の声も聞こえない。幻だったのだろうか。瞼を開いて見えている光景は、瞼を閉じる前と何も変わらない、今迄の車窓の風景だった。まだカウントは十三には至っていなかったはず、途中で目を開いてはいけないんだなんて、でもホラこの通り。全て同じ。車も、今が夜で残業帰り、左折待ちなことも。 前の車の左ウィンカーが、点灯したままなのも。おかしいと思ったのは直ぐのことだ。前の車のウィンカーは、点滅していない、ずっと、点いたまま。左右両方ならハザードかもしれないが、左側だけが、点灯しまま、動かない。動かない。消えない。そのままずっと。自分の車もそうだ、ウィンカーの表示も左が点灯したまま止まっている。ディマースイッチも左折を示し、確かにレバーは下に降りていた。 どういうことだ。体が、動かなくなっている。指ひとつ動かせない、瞬きもできないのに目が乾いて辛いという感覚もない。窓の外の風景にも、ようやく違和感を感じた。動くものが一つもないのだ。止まっているのではなく、そこに在れば動いているだろうものがすっぽりと風景から消え去っていた。よく見れば歩行者は輪郭を失った半透明のぼやけた色のある影に変わり、左折待ちをしている以外の車も存在を引き延ばされて希薄になり、ほとんど見えなくない。そして何よりも不気味に目を引いたのは、夜空の星。黒い空に、白い同心円が幾つも重なっている。 そうかこれはシャッタースピードの遅い写真だ。時間がひどく引き伸ばされて止まっているような状態。動いているのは、自分の意識だけ。動かない、動かせない。 認識してしまったのだ。十三数える前に、目を開いて状態を認識し、確定させてしまったからだ。意識だけが、元の速さで流れている。自分の時感だけが、時空と離別している。もしこれが、誰かがせっせと再構築中の状態であるとしたら、今その状態を認識して元の速度のまま稼働している自分の意識は、イレギュラーなのではないか。周期を別に持つ振動が一時に同期してしまったのと同じように、今の自分は時間の法則を侵しているのではないか。彼は、このことに気付いていたのか。『どうなったのかわからない』怪談話を、彼はどうして知っていた?彼の言っていた彼とは、誰だ?自分はこの後どうなる? ちか、ちか。 ウィンカーの音が聞こえる。その音は、動いている。でも、自分の車のウィンカーは点灯したままだ。耳から入ってくる音だけが、ウィンカーの点滅を刻んでいる。音は、ウィンカーの音は、後ろから聞こえて来ていた。後ろ、背中、いや、もっと、自分の車の後ろの方。さっき目を瞑っているときに近付いたり離れたりした音の様子の様に、車の中で聞こえる音とは思えないくらい遥か後方から聞こえる、ウィンカーの音。何かが、後ろから近付いて来ている。 彼の言っていた彼とは、誰だ?自分は、この後、どうなる?バックミラーに目をやると、それは、いた。 逃げなければ。 そうだ、目を開いたのだって、もとはと言えば、危険を察して逃げるためだ。 逃げなければ。 何かが背後から襲ってくる。自分の後ろの車は、いなくなっていた。 何かが、何かが来ている。 アクセルを踏んで、アクセル、アクセルを踏んで前に、前に、車を出して、逃げろ、逃げろ、に……

§

昨日未明、四辻市東三丁目の交差点付近で、自動車が暴走し歩行者を次々とはねる事故が発生しました。運転していたのは市内に住む……